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和田豊は阪神タイガースに入団し応援歌やヒッティングマーチを鳴らさせ、元木選手にボールをぶつけたりと会場を沸かせました。和田豊選手はその後相次ぐ怪我のため引退を決意し、今では虎の意地や公式ブログなどで息子さんのことを書いたりしています。
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和田豊は、千葉県松戸市出身の元プロ野球選手です。 和田豊は、現役時代は阪神タイガースに所属。引退後は、阪神タイガースのコーチとなります。 和田豊は、松戸市立常盤平中学校から我孫子高校に進みました。 高校1年生で夏の甲子園に出場し、その後日本大学に進学。 1984年のロサンゼルスオリンピックでは、野球日本代表として出場、金メダルを獲得しました。 その後、阪神タイガースに入団します。
和田豊は、芸術的な流し打ち、勝負強さを武器に活躍します。 1994年・自己最高の成績を残し、シーズン終了後の契約更改では初の1億円プレーヤーとなります。 彼専用の応援歌も作られ、ヒッティングマーチ集というものも出ています。 普段は温和ですが、危ない滑り込みをした巨人の元木選手にボールをぶつける、なんてハプニングもありました。 しかし、1995年・自打球を足に当て骨折。 この影響から一時不調となりますが、1997年では「24試合連続安打」を放ちます。 同年7月の中日戦で、死球を受け左手人差し指と中指を骨折、翌年は肋膜炎になってしまいます。
和田豊は、2001年に選手兼打撃コーチに就任します。 しかし、選手としては二軍落ちを経験。 コーチとして一軍に帯同したため練習時間の確保ができないなど、両立は困難のようでした。 和田豊は、現役引退を表明し、引退試合は、10月1日に行われました。 この日、巨人の長嶋茂雄監督へ花束贈呈。 現役引退のセレモニーでは、多くの球団関係者・同僚へ、感謝の言葉を述べました。 特に、阪神園芸(甲子園のグラウンドや蔦の整備を担当する阪神電鉄の子会社)の方たちや、裏方の人たち、マスコミ関係の人たちなど、普段野球を陰で支え、表に出ない人たちへの和田豊の「心からの感謝の言葉」は、球場を大きな歓声で満ちあふれさせました。
和田豊は現在ブログを更新していて、野球に関する話題を提供しています。 小学生の息子さんに関する話題もあって、親しみを感じられます。 虎の意地という公式サイトも持っているんです。 話題は今までの現役時代から想像もつかないような内容で、書籍化もされています。 今ではオークションで実際に使われていたグローブも高値で取引されています。 とても愛されていたすばらしい選手だったのです。